意味/死(前編)

引き続きブログのお題を求めてるんで(時間があるとき、他にやる気が出ないときに極力書こうと思います)、気軽にリプしてもらえたらありがたいです。

さて、今回の寄せられて私なりに応えたいお題は、

・世の人の言う「世界や人生が意味を持つ」とは?

・私の人生観

・知識欲があって勉強熱心そうなのに、なぜ私が死にたがるのか?

というものです。どれも根底にあるテーマは似通ってると思うので、まとめてお返事しようと思います。

全然関係ないんですが、書く日の精神状態で私の文体すごい変わりますね。今回は数回に分けて書こうと思います。

まず、世の人の言う「世界や人生が意味を持つ」とはどういうことでしょうか?私の推測ですが、特にあまり何も考えてないその場しのぎの発言だと思っています。(該当する方でもし違ったらすいません)そもそも、世の人が「世界や人生が意味を持つ」と発言するようなときは大抵、「世界や人生が意味を持たない」とする人や人生に疲れて自殺をしようとしている人に対して、「おい、早まるな。その考えは良くない。この世界もいいもんだぜ!」的なことを伝えたいときだと思っています。この答え方に関して思うことは、まず考え/思想に優劣をつけているということとたしかにその発言者にとっての世界はいいものかもしれないけれど、「私とあなたでは同じ世界に存在しているが、違う世界観を有しており、あなたの世界から見るこの世界と私の世界から見るこの世界は異なる。」という前提を忘れがちな人が多いということと、「世界が発言者にとって心地いいものである」ということと「世界や人生に普遍的な意味がある」ということはまったくもって別であるということを認識していないということです。そもそも「意味」とはなんでしょうか?僕は生物や進化に関してはダーウィニズムを信じている方なので(ラマルク派の人には申し訳ない)、私という存在の生物としての意義は人類という種のランダム性の確保、および人類という種の保存、およびもっと大きな目で見れば生物という種の多様性の一部、程度しかないと思っています。でも、大抵の人はそんなことのために私は生きているのではない、と思われると思います。でも、断言すると所詮そんなもんです。ヒトが生物学的に見たとき生きる意味なんてそんなものです。では、他の学問のように考えるならば、生きる意味はどこにあるのでしょうか?

(続く)